少し期間が空いてしまいました。
前回までは、「地方創生」と「祭り」「神社」について綴ってきました。
いま、ふるさと納税が流行りのようになっています。
個人的には、見返りを前提に寄付する、というこの仕組みには大変な違和感を感じます。
以前にテレビで、裕福な方がふるさと納税でたくさんの返礼品を得ている事例を観ました。つまりは、収入が高い人ほど、見返りを多く得て得をする仕組みだということです。
そのとき、欧州で良く聞く「ノブレス・オブリージュ」という言葉が頭に浮かびました。
これは、財産や権力、社会的地位の保持には責任が伴う、という考え方です。
自分が恵まれていると思ったら、それが「たまたま」であるという自覚を持ち、社会に還元をしていく必要があります。それが恵まれた人間の義務なのです。
こうした考えが一般的であるがゆえに、欧州では寄付文化が根付き、多くの市民団体が活発に活動しているのです。見返りなぞ、当然ながら求めません。
かつての日本にも同様に、こうした文化がありました。
寺社仏閣は、人々の寄付に支えられていました。貧しくとも優秀な人材が、裕福な人間の支援を得て、勉学に勤しみました。
しかし、いまの日本には、こうした文化が廃れてしまったように感じます。裕福な人間は、見返りなど求めることなく、社会に対して恩返しをしていく。そうした成熟した文化を持つ国に、日本が戻っていけるといいなと思います。
と、どんどん話しが逸れてしまいました。話を戻します。
自治体が、ふるさと納税で収入を得たあとの話です。この収入をどう使うのか?
納税者が使い道を選べることになっていますが、本当にそれでいいのでしょうか?
医療や福祉の充実を掲げる自治体が実に多いですが、それでいいのでしょうか?
個人的には、ふるさと納税で増えた税収は、ただの浮利だと考えます。何の永続性も保証されない、という前提で考えるべき収入だということです。
例えば、返礼品に寄付の相当部分が流れても、それが地元産業を潤すことになるから意味がある、と自治体は考えているようです。しかし、そんな浮利で支えられた産業は、少しの環境変化でも消えてしまうのではないでしょうか?本当に産業を強くすることにつながっているのでしょうか?大いに疑問です。
また、浮利で福祉を充実させても、そんな福祉制度に永続性はあるのでしょうか?
そもそも、他県の納税者が興味を示すような使い道が、その土地に本当に必要なことなのでしょうか?
これからの地方に共通して必要なことを強いてあげるとすれば、その一つはコンパクトシティ化だと思います。人口が減少し、かつ都市に人口が集中しているなかでは、これは必須かつ緊急の課題です。しかし、こんなお金の使い道を掲げている自治体がどれだけあるのでしょうか?これは、しっかりとお金をかけていくべき課題だと考えます。
また、例えば、文化財の整備にまずはしっかりとお金をかけます。そのうえで民間の力を得て、観光産業を活性化させます。そこで増えた収入には永続性があるので、そこで始めて高齢者や子どもの福祉をより充実させていきます。こうした説明をする自治体がもしあれば、私は納得ができると思います。しかし、そんな自治体を私は知りません。
どうも、ふるさと納税=政府の安易な策、と思えてしまうのが私の感想です。
中小企業ではなく、完全に自治体の話になってしまいました。
次回こそは、企業の話に戻そうと思います(たぶん).....
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